おぎのや
諏訪店:諏訪インターのドライブイン
プライバシーポリシー サイトマップ
お問合せ
峠の釜めし 店舗案内 観光案内 ご予約 通信販売 料理教室 おぎのや掲示版 会社概要 トップ
トップ店舗案内>諏訪店
 
 
横川本店
ドライブイン横川店
おぎのや長野店
諏訪インター店
佐久乃おぎのや
横川サービスエリア店
● 諏訪店
 
  横川本店
  横川店
  諏訪店
  みどころ
  イベント情報
  メニュー紹介
  お薦め商品
  観光地情報
  佐久店
  長野店
  横川サービスエリア店
     
  その他店舗
 
 
 
諏訪インター店イメージ写真


2017年3月28日 

今回は、塩尻市と辰野町の境界付近にあります、矢彦神社と小野神社をご紹介します。

場所:塩尻ICより国道153号線に入り、辰野町方面に走り、善知鳥峠を越えて坂を下りきった辺りにあります。

 

←小野神社


小野神社は塩尻市に、矢彦神社は辰野町に属しますが、市町の境を境として隣接しています。
共に信濃国二之宮として由緒ある神社です。

小野神社の本殿・八幡宮・勅使殿、矢彦神社の拝殿・回廊・勅使殿・神楽殿は県宝に指定されています。又、両神社の社業は天然記念物に指定されています。

←小野神社 拝殿

諏訪大社の御柱祭は、寅と申の年に行われますが、小野神社と矢彦神社の御柱祭は、その翌年の卯と酉の年に行われます。

今年は酉年にあたり、5月3,4,5日に御柱祭(里曳き・建て御柱)が執り行われます。

諏訪大社の御柱祭の勇壮さに対し、小野神社・矢彦神社の御柱祭はきらびやかな衣装が特長であり、「人を見たけりゃ諏訪御柱、綺羅を見たけりゃ小野御柱」と昔から言い伝えられています。

 

←小野神社 一之御柱(前回平成23年に建てたもの)


←矢彦神社 鳥居

←矢彦神社 拝殿

 

←矢彦神社 一之御柱


 

 


2016年11月4日 

今回は、箕輪町にあります、もみじ湖(箕輪ダム)湖畔の紅葉をご紹介します。

もみじ湖の湖畔には、合計1万本もの楓が植えられており、紅葉の見頃間近となっています。


もみじ湖は広い為、紅葉の進行に差があり、真っ赤に色付いている木もあれば、まだ真っ青の木もあり、紅葉途中の緑と黄と赤のグラデーションになっている木もあり、紅葉の移り変わりを楽しむことが出来ます。

もみじの赤と山々、湖に日差しが差し込みキラキラと煌めく様子はとてもきれいです。

場所:伊北ICからですと、ICを出て右折し、すぐの信号を右折後、突き当りを左折します。以降は「もみじ湖」の看板に注意してお進みください。

諏訪ICからですと、国道152号線を高遠方面に進み、杖突峠の坂を下りきった辺り(住宅街が見えてきた辺り)に右に入る道がありますので、その道に入って8km程です。(この道は中型車以上通行注意とのことですのでご注意ください。)ICから24km位です。


 

 

 

 

 

 


 

 

 


2016年10月23日 

今回は、紅葉狩りついでに立ち寄れるスポットとして、麦草峠周辺等、全国有数の標高の高い所をご紹介します。

国道299号線(通称:メルヘン街道)にある麦草峠は長野県茅野市と佐久穂町の境にある峠です。そこの標高は、2,120mと国道の峠として全国2位を誇ります。ここもとても高いのですが、峠から佐久穂町側に少し走った所にメルヘン街道の最高地点があります。ここの標高は2,127mで、国道として全国2位の標高を誇ります。

荻野屋諏訪店からですと30km程の所です。

峠付近は紅葉は過ぎてしまいましたが、峠道の途中では、鮮やかな紅葉が出迎えてくれます。


ちなみに、

国道としての全国1位の標高を誇るのは、国道292号線(通称:志賀草津高原道路)です。
そこにある長野県と群馬県の県境渋峠は標高2,152mと国道の峠として全国1位のを誇ります。そして、峠から群馬県側に少し走った所に、「日本国道最高地点」があります。

※渋峠の標柱には2,172mと書かれていますが、これはここの標高ではなく最高地点の標高を示している様です。

← 日本国道最高地点 2,172m

※麦草峠前後及び渋峠前後は、11月12月頃から冬季閉鎖に入ります。

紅葉狩りがてらの観光にいかがでしょうか。


 

 

 

 

 

 


 

 

 


2016年9月5日 

今回は、今が見頃のそばの花をご紹介します。

諏訪地域ではそばの花が見頃を迎えています。

撮影しました県道17号線の沿線には、所々にそばの畑があります。(撮影地は富士見町小六地区)

 


県道17号線は、晴れていると、八ヶ岳を一望することが出来、富士山を望むことも出来ます。

田圃は稲穂が黄金色になびき、そばの花や秋桜の花が咲いており、秋を感じながらドライブが出来ますよ。

※畑は一般の方の畑ですので、撮影等にはご配慮をお願い致します。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 


2016年6月27日 

今回は、岡谷市の鳥居平やまびこ公園のラベンダーと、辰野町のしだれ栗森林公園の栗の花をご紹介します。

場所:鳥居平やまびこ公園・・・岡谷ICからですと、ICを出て国道20号線を塩尻方面に走り、「やまびこ公園入口」の信号を左折。少し走ると左側に公園が見えてきます。ラベンダー園はその公園の中にあります。

 


 

鳥居平やまびこ公園のラベンダー園では、ラベンダーが見頃になっています。青紫色のじゅうたんの様に一面に咲いています。

←「ドリームブルー」という品種。今が最盛期です。

 


 

←「グロッソ」という品種。

大分色付いてきました。

←しだれ栗森林公園の栗の花

場所:しだれ栗森林公園・・・先ほど来た道を、鳥居平やまびこ公園に入らずにまっすぐ進み、坂を上りきった頂上(勝弦峠)にある交差点を左折、3.2km程走るとあります。

栗の花が満開となりました。辺り(風下)は栗の花のとても甘い香りがします。

 

 

しだれ栗森林公園のしだれ栗は、国の天然記念物に指定されています。

しだれ栗は、通常の栗の木とは異なり、枝が傘状に垂れ下がっています。
枝垂れた枝は、「弘法大師様が、栗の実を採り易くする為に枝を下げてくれた。」「栗が天狗の食糧で、天狗が枝に腰かけて食べた為枝垂れた。」等の言い伝えがあります。


 

 

 


2016年5月25日 

今回は、伊那市高遠町にあります、遠照寺(おんしょうじ)の牡丹をご紹介します。

場所:諏訪ICからですと、高遠城址公園方面に向かって国道152号線に入り、杖突峠を越えてしばらく走ると(諏訪ICから24km程)左側に、給油所「エネオス」(JA上伊那 長藤SS)があります。このエネオスのすぐ先に左に入る道がありますので、ここを左折(看板があります。)。3km程走り県道211号線に突き当ったら右折。さらに1.5km程走ると遠照寺があります。


遠照寺は「ぼたん寺」としても有名で、最盛期には境内に160種2000本のぼたんが咲き誇ります。

例年は5月中旬〜6月初めが花期でちょうど今頃が最盛期ですが、今年は気温の高い日が多かった為、そろそろ終わりに近くなってきています。ただ、今週末位までは花を楽しめると思われます。

花期期間中はぼたん祭りが開催され、参拝料として400円かかります。

 


 

 

 

境内には、国の重要文化財に指定されている建物もあります。

 

 


 

 

 


2016年4月24日 

今回は茅野市蓼科にある聖光寺の桜をご紹介します。

交通安全のお寺である聖光寺では、境内にソメイヨシノを中心に約300本の桜があり、現在満開となっています。

場所:ビーナスラインに入り蓼科湖のすぐ手前にあります。諏訪インターチェンジからですと16km程の所です。

 


標高1200m程にある同寺では、例年だと5月の連休辺りで桜の見頃を迎えますが、今年は開花が早く、ここ数日で一気に満開となりました。

※写真は4月23日夕方のものです。

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

↑↓ 綱置場


2016年3月4日 

今回は諏訪大社御柱祭のルート(曳行路)をご紹介します。

御柱祭は正式には諏訪大社式年造営御柱大祭といい、七年目の寅と申の年に宝殿を新築し、社殿の四隅にある樅の大木を建て替える神事です。

今年は申年にあたり、御柱祭が開催され、4月には山出し、5月には里曳きが行われます。

始めに、上社の御柱祭の曳行路をご紹介します。

八ヶ岳裾野の綱置場から、山出しが始まります。場所は八ヶ岳中央農業実践大学校のすぐ近くです。この道(県道196号線)を通称御柱街道と呼びます。

山出しの前にはここに前宮・本宮計8本の御柱が揃います。

御柱街道を進んでいくと、写真にはありませんが、茅野市穴山の玉川郵便局付近に第一の難所、穴山の大曲を迎えます。道が狭いうえに屈折しており、巨大な御柱を操るのは至難の業です。

 

 

↑ 木落し坂

更に進むと、次なる難所、斜度27度の坂を下る木落しを迎えます。

めどでこ(上社の御柱の特徴である、柱から角の様に突き出す柱)に大勢を乗せたまま御柱が一気に急坂を下ります。

↑ 宮川の川越しの場

更に進むと、最後の難所、宮川の川越しを迎えます。御柱を宮川の雪解け水で洗い清める意味があると言われます。

川越しを終えると、川向かいにある安国寺の御柱屋敷に曳き揃えられ、5月の里曳き迄安置されます。

↑ 上社前宮

山出しから約1か月後、里曳きが始まります。御柱屋敷を出た御柱は前宮・本宮に向かってゆっくりと優雅に進みます。

そして、前宮と本宮の四隅に御柱を建てる「建御柱」が行われ、樅の大木が神となります。

 

↑ 上社本宮

 

 

↑ 棚木場

次に、下社の御柱祭の曳行路をご紹介します。

下諏訪町大平にある棚木場から下社の山出しが始まります。場所は昨年12月にご紹介したのと同じ場所です。下社からですと、下社前の国道142号線を山側に進んでいくと、国道142号線バイパスに突き当る交差点があります。その交差点の少し手前の道を右折し、しばらく走るとあります。

棚木場を出発し、進んでいくと、(写真にはありませんが)萩倉の大曲を迎えます。大きいカーブで全体が見通せない難所です。


↑↓ 木落し坂

↑ 春宮境内の木落し場所

↑ 下社春宮

↑ 下馬橋

↑ 下社秋宮

更に進むと、下社最大の見せ場、最大斜度35度の急坂を下る木落としを迎えます。

足もすくむほどの急斜面で、その斜面が100mも続きます。

木落しを終えた御柱は山出しの最終地点注連掛に曳きつけられます。そして注連掛祭が行われ、5月の里曳きまで安置されます。

 

里曳きが始まり、しばらく進むと春宮境内東側の急斜面に着きます。そしてその斜面から木落としが行われます。

春宮に到着した春宮一〜四の柱は建御柱が行われ、柱は神となります。

一方秋宮一〜四の柱は、春宮境内を経て下馬橋の前で初日の曳行を終えます。

下馬橋から曳き出された秋宮の御柱は、町内をゆっくりと優雅に進み、下社へと向かいます。

下社に到着した御柱は、建御柱が行われ、柱は神となります。

 


↑ 新府城跡

2016年1月25日 

今回はNHK大河ドラマ「真田丸」所縁の地として新府城跡と七里岩をご紹介します。

場所:新府城跡・・・須玉インターチェンジを出て左折、国道141号線を走り、「桐の木橋」の信号を右折し、県道603号線に入り、突き当りの県道17号線を左折し、しばらく走るとあります。
七里岩・・・国道20号線沿いに、長野県富士見町〜山梨県韮崎市に掛けて見ることが出来ます。又、国道141号線沿いに須玉インターチェンジ近辺からも見ることが出来ます。


↑ 本丸跡地にある、藤武稲荷神社

新府城は、武田勝頼(武田信玄の息子)が七里岩南端、韮崎の要害上に新城を築くことを決め、真田昌幸(真田信繁<通称:幸村>の父)に築城の一切を命じて築かせた平山城です。
勝頼がこの地に築城を決意したのは、織田信長の甲斐侵攻に備え、韮崎に広大な新式の城郭を構えて府中を甲府から移し、退勢の挽回を期した結果だと思われる。
1581年 (天正9年)春に築城が始められ、昼夜兼行で工事された。勝頼は工事半ばの同年12月に甲府からこの地に移ったが、戦局は悪化し、翌年3月自ら城に火を放って退去するに至った。

この城は七里岩の上にあり、七里岩の断崖絶壁が敵の侵入を拒み城壁の役割を果たした。

現在、新府城本丸跡地には、藤武稲荷神社が建立しています。


↑ 新府城本丸跡地からの眺め

 

 

 

 

 

 

 

七里岩とは・・・昔、八ヶ岳の岩屑流(噴火やそれに伴う地震により大規模な山体崩壊を起こし、多量の岩・砂・泥があまり水を含まずに高速で一気に流れ下ったもの)がこの付近や甲府一帯までを覆った。そこに釜無川の流れにより侵食崖が形成された。その侵食により形成された、高さ10〜150mの断崖のことを七里岩と言います。
長野県富士見町〜山梨県韮崎市の中心地迄のび、長さが30km(約7里)にも及ぶので七里岩と美称がつけられたと言われています。

又、七里岩を挟んで釜無川の反対側は、塩川の流れによって侵食崖になっており、こちらも高い断崖絶壁となっています。
その釜無川と塩川が交わる所が韮崎であり、七里岩の先端となっています。その場所にあった新府城は地形を利用し、両側の断崖絶壁で守りを固めていました。
余談にはなりますが、その七里岩の先端の形が、植物の韮の葉の形に似ていることが、韮崎の地名発祥の一説と言われています。

2015年12月10日 

今回は、来年の御柱祭で使われる御柱用材が安置されている様子をご紹介します。

←下社御柱

下諏訪町東俣国有林で伐採された下社御用材が、山出し曳き出し地点の、下諏訪町大平の棚木場に揃いました。
場所:岡谷ICを出てR20バイパスを右折、突き当りをR142バイパスへ左折、2本目のトンネル(木落とし坂トンネル)を出て最初の交差点を右折、すぐに左折する道(県道199号線)がありますので、その道をしばらく走るとあります。

←上社御柱(本宮)

辰野町の横川国有林で伐採された上社御用材が、同町の「かやぶきの館」敷地内に揃いました。

場所:塩尻ICもしくは伊北ICからR153に入り川島駅入り口の信号で県道201号線に入って、かやぶきの館の看板を目印に5.5km程進むと「かやぶきの館」があり、その施設内にあります。

←上社御柱(前宮)

 

上社では木造り前に1カ所に横並びになるのは、上社御柱祭の中で初めてのことで、御用材を調達させてもらった同町への恩返しの思いから実現しました。
 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

2015年11月27日 

今回は、三州街道の塩尻宿〜小野宿を紹介します。

場所:塩尻宿は塩尻市、小野宿は辰野町に位置します。本来の道筋は現在の国道とは少しずれますが、ほぼ国道153号線沿いに通っていたようです。

三州街道は伊那街道とも呼ばれ、中山道の脇往還として、塩尻宿を起点として天竜川沿いに三州(三河)の岡崎で東海道に合流する街道でした。

 

塩尻宿は伊那や松本へ通じる街道の分岐点にあり、交通の要地でした。又、旅籠数は県内中山道で最多でした。明治15年の大火で本陣・脇本陣は焼失し「旅籠いてふ屋」だけが残りました。

本陣と脇本陣の跡地には現在は碑が建っています。

脇本陣跡地には、中山道の石碑も建てられています。

注:脇本陣跡地奥には一般の民家があるようですので、駐車はご遠慮いただくと共に、見学にはご配慮をお願い致します。

 

←旅籠いてふ屋

現在は、国の重要文化財となっています。

 

国道153号線を伊那方面に少し進むと、道路わきに標柱が建っています。ここで中山道と三州街道が分岐します。(左中山道 右三州街道)

三州街道は、「中馬の道」とも呼ばれています。
中山道の様な本街道では、公用の荷物が優先されたほか、宿場毎に別の馬に荷物を積み替えねばならず、その度に手数料を払わなくてはなりませんでした。しかし中馬は街道を通じて馬を変えないため、より速く・安く・荷物の傷みの少ない輸送手段でした。

 

 

再び国道153号線を伊那方面に進むと、上り坂になります。この上り坂を登り切った所が、善知鳥峠(うとおとうげ)です。

善知鳥峠は降った雨が、日本海と太平洋とに流れが分かれる分水嶺となっており、地理的にもとても重要な場所です。

 

↑小野家住宅(県宝・町文化財)

 

街道は善知鳥峠を越え小野宿に入ります。

小野宿には本陣が設けられず、問屋であった小野家が本陣的な役割を持ちました。その為、小野家住宅には通常の町屋建築とは異なる格式高い建物でした。
建物の棟端の飾りはカラスオドシとも呼ばれる松本平特有のものです。

 

小野宿は初期中山道と三州街道が交わる一大拠点でした。
初期中山道はその後の塩尻峠を越える中山道とは道筋が違いました。下諏訪宿から諏訪湖の北側を通り小野峠を越え、小野宿を経てさらに牛首峠を越え、木曽路入口の桜沢(現在の国道19号線塩尻市贄川)に通じるものでした。

国道153号線を進むと「小野下町」の信号がありますが、その交差点を入った先に牛首峠があり、木曽路へと通じています。(牛首峠を越え木曽路へと抜ける道は車道が通っておりますが、すれ違い困難な狭路であり、幅員規制もありますので、通行には充分ご注意ください。)


 

2015年9月28日 

今回は、箕輪町にあります信州伊那高原赤そばの里をご紹介します。

場所:伊那ICを出て左折、最初の信号「沢上北」を右折し広域農道に入ります。しばらく走り「八乙女」の信号の先の交差点に「赤そばの里」看板が出ていますのでそこを右折。あとは、期間中設置されている案内看板に従って走ってください。(箕輪西小学校を目指してくるとわかり易いです。)

 

 

標高900m、広さ4.2ha(東京ドームと同じ位)一面に赤いじゅうたんの様に赤そばが畑が広がっています。

例年の見頃は9月下旬〜10月上旬で、今年は9月28日現在8分咲きといったところです。

元は50枚を超す段々畑でしたが、猪や鹿による食害等が多大な為、平成9年に現在の様な 広大なスロープの畑とし、そこに赤そばの栽培を始めました。

赤そばは、1987年にヒマラヤ(ネパール)の標高3800mの所から赤い花の咲くそばを日本に持ち帰り、信州大学の氏原暉男名誉教授がタカノ株式会社(宮田村)と共同で品種改良を行って、真紅の花を作り「高嶺ルビー」と名付けました。
その後長期にわたり品種改良を重ね、2011年には、更に赤みを増した「高嶺ルビー2011」も誕生しました。
不通のそばより背丈が低く、収量は3分の1程です。

駐車場から林の中の道を抜けると、一面にそばの赤いじゅうたんが広がり、正に圧巻です。


 

 

2015年8月31日 

今回は、山梨県北杜市にあります三分の一湧水と大滝湧水をご紹介します。

両所は日本名水百選に選定されています。

場所:三分の一湧水→小淵沢インターチェンジを出て右折、その道(八ヶ岳高原ライン)を道なりに走り、「小荒間」の信号を右折してしばらく走り、踏切を渡った先右側にあります。
大滝湧水→小淵沢インターチェンジを出て左折、「松木坂」の信号を左折し、県道17号線から県道608号線に入り、少し走った左側にあります。

三分の一湧水は、戦国時代湧水の利用を巡り長年続いた水争いを治める為、武田信玄により、三方の村々に均等に水を分配する為に築かれました。堰の集中枡部にある三角石柱により、水が均等に分配されます。

 

 

 

 

辺りは遊歩道が整備されています。

 

 

大滝湧水は、大滝神社の境内にあります。境内及び境内横では、この湧水を利用し、わさびの栽培や、マスなどの魚を養殖しています。

 

 

 


 

 

 

境内石垣横では、木の樋からこの水が勢い良く流れ落ち、風情があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この水が流れていく水路には、水草のバイカモが生い茂り、清流を感じられます。

 

まだまだ暑い日が続くこの季節、両所共とても涼しげな水辺の景色です。

 

2015年7月29日 

今回は、茅野市にあります乙女滝をご紹介します。

場所:諏訪インターチェンジを出て右折、R20バイパス→R152→R299と進み、インターチェンジより18km程の所(横谷峡)にあります。

横谷峡は、乙女滝から渋川に沿っておしどり隠しの滝迄の約3kmで、自然歩道が整備されています。ここには幾つかの滝や巨岩の名所があります。各所にマイナスイオン指数という看板があり、乙女滝は1cc辺り20000個だそうです。

ほとんどの滝や巨岩は渋川にありますが、乙女滝はちょっと違います。乙女滝は大河原堰という農業用水路の一部です。大河原堰は寛政4年(1792年)に諏訪地域全域にわたって用水路を開いた坂本養川によって開削されました。蓼科山の滝之湯川上流部で取水しています。

大河原堰の水を滝として落とし、樋で渋川の対岸へ水を送ります。また、渋川の水も保水されます。

古くは水不足から畑作が主で荒野も多かった状況下、坂本養川は近畿や関東地方を歴訪し各地の水利や開拓地の実情を調べ、帰郷後比較的水量が多い滝之湯川や渋川などの余水を利用し灌漑する水路の開削が最適との結論に達しました。

諏訪地域の発展に貢献した先人の苦労に思いを馳せながら鑑賞するのもいかがでしょうか。

暑い夏、滝の水しぶきを浴びたり、森林浴にはもってこいの季節です。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

2015年6月30日 

今回は、岡谷市の龍光山観音院(通称:小坂観音院)の境内にありますアジサイ園をご紹介します。

 

場所:岡谷市湊4-15-22
龍光院観音院境内アジサイ園

 

 

境内のアジサイ園では、沢山の種類のアジサイが色とりどりに咲いています。
撮影日はまだ満開ではありませんでしたが、これからもっと多くの花が咲いていきます。

 

諏訪湖の西岸の小高い丘上にあり、諏訪湖を眼下に一望することが出来ます。

 

 

 

 

 

 

 


 

花の色も様々で、ガクの大きさの様々です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アジサイ園のある龍光山観音院は、通称小坂観音院と呼称されています。
古くは諏訪大社の社坊でしたが、その後諏訪藩の祈願所となっていました。

鳥居を入ると、椹(さわら)の並木がとても印象的です。

 

 

 

境内には由布姫の供養塔があります。
由布姫(諏訪御寮人・湖衣姫・諏訪姫とも呼称されます)は、諏訪氏(諏訪地方の領主であり、諏訪大社の大祝を司った家柄)の第19代当主諏訪頼重の娘で、武田信玄の側室です。
諏訪のお姫様が、療養の為観音院で過ごしていたとされている為、供養して差し上げる為に建立されたものです。(園内の一部看板に「お墓」という文字がつかわれていますが、お墓ではなく供養塔だそうです。)

2015年5月30日 

今回は、諏訪地域のお隣、伊那市高遠町にあります、高遠しんわの丘ローズガーデンをご紹介します。

しんわの丘ローズガーデンでは、バラが咲き始めました。

場所:伊那市高遠町、桜で有名な高遠城址公園のすぐ近くです。国道152号線からループ橋を渡り切った辺りに左に入る側道があります。そこを入り400m位走るとあります。
※6月6日(土)〜6月28日(日)はバラ祭りが開催され、期間中の土日はバラ園近くが一般車両通行止めになりますので、ループ橋下の駐車場からシャトルバスをご利用ください。

 

 

 

 

赤・黄・白・ピンクなど172種約2160本のバラを見ることが出来ます。

 

 

 

 

 

 

 

高台にある園からは、高遠の街並みと、遠く木曽山脈(中央アルプス)を望むことが出来ます。

 


_______________________________________________________________

花の丘公園 (↓下の写真)

注:今年の桜はもう散り終わっています。

 

また、今年は花の時期は終わってしまいましたが、しんわの丘ローズガーデンに隣接する「花の丘公園」では、高遠城址公園の桜が散った後の4月下旬から5月上旬にかけて、八重桜や山桜など50種類以上約2000本の桜が咲きます。

←花の丘公園の写真は今年5月1日に撮影したものです。(注:今年の桜はもう散り終わっています。)

2015年4月26日 

今回は、岡谷市出早公園のカタクリの花をご紹介します。

出早公園ではカタクリの花が見頃です。

場所:岡谷市長地出早二丁目22番22号
岡谷ICを出て右折、国道20号線バイパスを1.5km程走り、「出早」の信号を左折した先にあります。

 

 

 

この出早公園は春にはカタクリの群生地として有名ですが、他にもニリンソウ・アズマイチゲ・ヤブエンゴサク・レンブクソウなどが大きな群落を形成しています。

 

又、紅葉シーズンには紅葉の名所としても有名ですが、他にもフブカンゾウ・シデシャジン・キツネノカミソリなどが大きな群落を形成しています。

 

 


出早公園は、出早雄小萩神社の眼下にあり、この神社の社叢は岡谷市の天然記念物(文化財)に指定されています。
また、昭和62年にはこの社叢が長野県自然百選にも選ばれました。

2015年4月1日 

今回は、諏訪地域のお隣塩尻市にあります、みどり湖湖畔水芭蕉園をご紹介します。

春の花水芭蕉が満開を迎えました。

まだ緑の少ない季節に、純白が映え、とても美しい姿を見せてくれます。

 

 

みどり湖は昭和27年県営かんがい排水事業で築造された農業用ため池です。

水芭蕉園は昭和61年に市内在住の愛好家が植え始めたのをきっかけに、年々株数を増やしてきました。

水芭蕉はサトイモ科の多年草です。以前ご紹介したザゼン草と同様に、周りの白いものが仏焔苞(ぶつえんほう)というもので、葉が変形したものです。仏焔苞の中央にある円錐状のものが、小さな花の集まりで花序(かじょ)というものです。

 

 


 

 

 

2015年2月24日 

今回は、茅野市にあります、諏訪大社上社前宮をご紹介します。

「前宮」とは、上社本宮に対し「それ以前にあった宮」の意味とも考えられています。
前宮の祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)と、その妃の八坂刀売神(やさかとめのかみ)。

 

←前宮本殿

本殿は坂を上ったところにあります。高台で豊富な水や日照が得られる良き地で、御祭神が最初に居を構えられ、諏訪信仰発祥の地とも伝えられています。

現在の拝殿は、昭和7年に伊勢神宮から下賜された材で造営されたものです。

←内御玉殿(うちみたまでん)

諏訪明神の祖霊が宿るといわれる御神宝が安置されていた御殿です。

 

 


 

←十間廊(じっけんろう)

十間廊は古くは「郷原廊」(ごうばらろう)と呼ばれ、中世まで諏訪祭政の行われた政庁の場でした。

 

 

 

 

 

 

上段に大祝(おおほうり)〈諏訪神社最高の神職〉の座、次に家老、奉行、五官の座があり、下座に御頭郷役人などの座も定められました。

 

 

 

 

 

 

 

←神殿(ごうどの)跡

ここは諏訪大社大祝の始祖と伝えられる「有員」が初めて大祝の職位に就いて以来、同社大祝代々の居館であった所で、神殿とは神体と同視された大祝常住の殿舎の尊称です。(大祝は、神格を備えた現身の諏訪明神そのもの、大祝をして自身の肉体を祭神に供する、とされ、神体と同視された。)

この神殿のあった地域を神原(ごうばら)と言い、代々の大祝職位式及び旧暦3月酉日の神事(酉の祭り)をはじめ、上社の重要な神事のほとんどが、この神原で行われました。

 

 

←御柱

本殿の四方には千数百年の歴史を有する御柱が七年目毎に建てられます。

 

 

2015年1月27日 

今回は、岡谷市湖畔公園にある、小口太郎像をご紹介します。

岡谷市出身の科学者であり歌人の、小口太郎は、1897年(明治30年)諏訪湖畔に生まれました。

第三高等学校(現:京都大学)在学時、水上部(ボート部)に属し、琵琶湖周航中に故郷の諏訪湖に思いを馳せ「琵琶湖周航の歌」を創作(作詞)し、大正7年に発表。
吉田千秋作曲の「ひつじぐさ」のメロディーに乗せて歌われ、広まっていきました。
そして、今も歌い継がれる名曲となっています。

 

 

 

 

科学者としての彼は、東京帝国大学在学中に、「有線及び無線多重電信電話法」を発明し、現代の通信事業の基礎技術として生かされています。

この像と顕彰碑、歌詞碑、ミュージックボックスは、「琵琶湖周航の歌」の創作者であり、科学者であった小口太郎の業績を後世に永く伝えたいと願い、生誕の地に建立されたものです。

←顕彰碑

像の横には、歌詞碑とミュージックボックスがあり、ボタンを押すと3アレンジの曲が流れます。

← 歌詞碑

 


 

← ミュージックボックス

2014/12/29

今回は、諏訪湖の白鳥をご紹介します。

岡谷市の横河川河口付近では、今年も白鳥が飛来しています。

 

 

 

諏訪湖に初めて白鳥が飛来したのは、昭和35年にオオハクチョウが4羽でした。
しかし、諏訪湖への白鳥の飛来が定着したのは、昭和49年のコハクチョウ2羽から始まり、年々数を増やし、現在では毎年100〜200羽が飛来するようになっています。

シベリアからの長旅の終点の諏訪湖は、ハクチョウたちの越冬の場です。

飛来時期:12月上旬〜2月中下旬頃

※なおこの文章は、岡谷市観光協会様の解説を参考にさせていただきました。

 


 

諏訪湖では白鳥の他にも鴨などの水鳥を見ることが出来ます。

また、白鳥は諏訪湖以外にも、茅野市・諏訪市を流れる上川などでも見ることが出来ます。

2014/12/03

今回は、下諏訪町にあります「万冶の石仏」をご紹介します。

諏訪大社下社春宮の西側にあり、春宮境内から、浮島神社を経て歩いていくとあります。

明歴3年(1657年)、高島藩三代藩主忠治が諏訪大社下社春宮に大鳥居を奉納しようとした。命を受けた石工がこの地にあった大きな石にノミを打ちいれたところ、その石から血が流れた。驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止めた。その夜、石工の夢枕に、上原山(茅野市)に良材があると告げられ、そこに良材を見つけることが出来、鳥居は完成した。
石工達はこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、霊を納めながら建立した。
なお、この地籍はこの石仏にちなんで、古くから下諏訪町字石仏となっています。

 

1974年、たまたま諏訪大社の御柱祭を見学に来られこの石仏と対面された画家の岡本太郎さんは感嘆され、その特異な石仏としての存在が評価された。
これによって一躍話題を呼び、講演や雑誌等で全国に紹介され、知られるようになった。石碑は岡本太郎画伯の揮毫(きごう)です。

石仏の「万冶」とは、この石仏を建立したのが、万冶3年(1660年)と刻まれていることによります。

なおこの文章は、下諏訪町観光協会様の解説や、石仏横の解説文を参考にしました。

 

 


 

 

 

2014/10/27

今回は、大門街道(国道152号線)・白樺湖・蓼科高原の紅葉をご紹介します。

今が紅葉真っ盛りです。
赤色や黄色、橙色の葉が高原を鮮やかに彩っています。

←茅野市街から白樺湖へ向かう大門街道(国道152号線)沿い。

 

←白樺湖畔の国道法面一面に植えられたツツジが真っ赤に色付いています。

←蓼科高原、県道192号線(ビーナスライン)。
色付いた木々を周囲に見ながら、気持ちよく走ることが出来ます。


←黄色と橙のグラデーションになった楓もあります。
そこに日光が当たり、美しさをより引き立てています。

 

 

 

 

 

 

←蓼科湖畔。

緑・黄・赤・橙、沢山の色が高原の湖畔を彩っています。

 

2014/10/2

今回は、信玄の棒道をご紹介します。

(単に「棒道」と記される事もありますが、この地域では「信玄の棒道」と呼んでいます。)

信玄の棒道は、戦国時代に武田晴信(信玄)が北信濃経略の為、八ヶ岳西南麓に開設したと伝えられる軍用道路です。山麓をほぼ真っ直ぐ走っているところから棒道と呼ばれています。

 

道筋については諸説ありますが、「甲斐国志」などによると、上・中・下の3本の道があったとされています。現在3本の道の内確認できるのは、上の棒道で、大半の道は面影を失ってしまいましたが、小淵沢・境地籍ではその道筋が保たれています。

道の起点についても諸説ありますが、富士見町教育委員会によると、北杜市(長坂)小荒間を起点に、北杜市(小淵沢)・富士見町・原村・茅野市で大門街道に合流する23kmの行程とされています。

信玄の棒道は、平成8年に、文化庁認定「歴史の道百選」に認定されています。また、富士見町指定史跡ともなっています。


上の4枚の写真は、山梨県・長野県県境付近の道の様子です。

山梨県から長野県に入ると、棒道は近世に開かれた産業道路である逸見道(へみどう)と合流したり離れたりしながらしばらく進んでいきます。

信玄の棒道及び逸見道は、長野県道484号線(通称:鉢巻道路)とも沿ったり横切ったりしながら進んでいきます。

 

しばらく行くと、「逸見道との分岐点」という看板があります。ここで棒道は逸見道と分岐し、通称鉢巻道路を越え、ゴルフ場を抜け・・・と続いていきますが、道筋が残っているのはここまでです。

 

もう少し季節が進むと、紅葉がきれいな道となります。

2014/8/27

今回は、上諏訪宿〜下諏訪宿をご紹介します。

上諏訪宿は江戸から38番目の宿場。全国に広がる諏訪信仰の中心、諏訪大社上社の御膝元。江戸時代は高島藩の城下町として発展しました。歴史ある社寺が点在する他、造り酒屋が軒を連ねました。その造り酒屋の多くが今も現役で営業しています。

 

写真は甲州街道上諏訪駅近く様子です。

甲州街道は、上諏訪駅近辺〜下諏訪間は現在の国道20号線よりも山側の道を通っています。(諏訪郵便局の前の道がそれで、そのまま真っ直ぐ下諏訪迄続きます。)

街道を下諏訪に向かって進んでいくと、道沿いに甲州街道の碑や、茶屋跡、一里塚などがあります。

 

←茶屋跡

上諏訪宿と下諏訪宿の間に残る中の茶屋。江戸時代の面影がそのままに残っています。

一里塚とは、街道の一里毎に旅人の目印として設置された塚です。
この一里塚は江戸から53里、甲州街道最後の一里塚です。

 

 

 

 

 

 

街道を進んでいくと、諏訪大社下社秋宮の前に出ます。そこから少し行ったところが、江戸から53里11町甲州街道街道の終点です。道は中山道に合流します。

 

そこには甲州街道終点の碑が建っています。又、下諏訪温泉の発祥「綿の湯」の碑・由来書きと並んで建っています。

又、より道沿いには「甲州街道中山道合流の碑」と書かれた新しい碑も建っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲州街道終点の碑がある所の三叉路(写真)が甲州街道が中山道に合流する所です。
写真手前の道が甲州街道の終点。写真左と奥に続く道が中山道です。

 

下諏訪宿はいで湯と信仰の里。諏訪大社下社(諏訪大社上社と並び、全国に広がる諏訪信仰の総本社)への参詣といで湯めぐりが、今も昔も心を癒します。道筋には本陣・旅籠などが街道時代の名残を今も残しています。

 

 

 

下諏訪宿本陣(岩波家)には、中山道随一とも言われる庭園や、皇女和宮が宿泊した上段の間がそのまま残っています。
岩波さんの好意により庭園などは公開されています。

 

 

 

 

 

中山道は、下社春宮方面から和田峠へと続いて行きます。

2014/7/28

今回は、富士見町立沢にあるひまわり畑をご紹介します。

夏の花と言えばやっぱりひまわり!!
畑一面に植えられたひまわりが満開です。
空の青とひまわりの黄と緑がとてもきれいです!

富士見町役場前の道(県道190号線)を八ヶ岳に向かってしばらく走っていくとあります。 この他にも近くに数カ所のひまわり畑があります。

 

地区の有志でつくる「立沢ひまわり会」の皆さんが遊休農地にひまわりを植え、その種からひまわり油を搾っています。

9月末になると収穫し乾燥、種子をとって油を搾り、富士見町特産のひまわり油として町内の小売店等で販売しています。

 


 

 

2014/6/25

今回は、甲州街道金沢宿周辺をご紹介します。

国道20号線茅野市金沢地区にあります。
金沢宿は、甲州街道第44番目の宿駅として設置されました。
甲州街道開通当初は青柳宿といい、現在の青柳地区にありましたが、度重なる水害と前年の火災で焼失したのを機に、慶応4年(1651年)現在の場所に移転し、金沢宿と改称されました。

(蔦木宿と金沢宿の間にある、現在の富士見町御射山神戸地区は、甲州街道の間の宿(あいのしゅく)だったと伝えられています。蔦木・金沢の宿間が3里余りと長い道程だった為、旅人の便宜を図る為新町を作り、旅人相手の日用品小売商が置かれたといいます。)

 

金沢宿にも歴史ある建物が所々に残っています。

写真手前の家「近江屋」は、明治迄茶屋として営業していた町屋で、連字格子や木鼻の彫刻など江戸後期のたたずまいを保っています。

←木鼻の彫刻

 

 

 

写真手前の家「松坂屋」は旅籠屋を営んでいました。こちらも連字格子を残す建物です。

 

 

 

 

 

 

 

 

街道を茅野市方面に歩いていくと、昔馬方宿を営んでいた家があり、そのお宅の前には馬をつないでいた石「馬つなぎ石」が残っています。写真右下の穴の開いた石がそれです。

 

 

 

 

今度は富士見町方面に歩いていき、金鶏山泉長寺の看板の所を入り、泉長寺様の前に「おてつき石」という石があります。おてつき石は金沢宿の上下入り口に一つずつあり、殿様往来の際に宿役人がここに手をついて出迎えたことからそう呼ばれています。

 

金沢宿の本陣は現在の国道20号線金沢交差点付近にありました。現在は金沢宿本陣跡の説明文の看板が建っています。

また、金沢宿の背後の金沢山(金鶏山)には、戦国武将武田信玄の鉱山がありました。武田軍を支えた甲州金。その金を採掘した金山の内の一つが金鶏金山でした。鉱脈が鶏が羽を広げた形に似ているので金鶏金山と名づけられました。
元々この辺りは青柳と呼ばれていたが、金が出て金沢になったとも言われています。

※個人宅として住んでおられる方もいらっしゃいますので、見学の際は配慮をお願い致します。

2014/5/28

今回は、甲州街道蔦木宿周辺をご紹介します。

国道20号線を山梨県から長野県に県境を越えてすぐの所にあります。

蔦木宿は、江戸幕府の宿場制度によって、慶長16年(1611年)頃甲州街道第43番目の宿駅として設置されました。

 

 

本陣も置かれ、大名や幕府役人の通行の際には宿泊の役割も果たしました。
本陣の規模は広大で多くの座敷や板敷、土間の他堂々とした門構えや広い玄関、書院造りの上段の間などを具備していました。

この表門は主屋よりも新しく江戸末期の火災後の復興と考えられ、以後数回の移転保存を経て、平成4年(1992年)に当時の本陣跡地に復元されました。

↑桝形道路の場所

↑川除古木

↑日蓮上人の高座石

蔦木宿には、当時の屋号を記した木札が各家に下げられ、現在建物の無い場所にも木札が建てられています。

 

 

 

 

 

蔦木宿には、南北の入り口に「桝形(枡形)道路」が、設けられました。これは、宿場内への外からの見通しを遮り、侵入者の直進を妨げて、安全防備の役割を果たしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、宿場の横を流れる釜無川の氾濫による水害から宿場を守るために作られた、信玄堤と呼ばれる堤防があります。川除古木はこの信玄堤とともに水害から地域を守るために植えられた川除木の名残です。

明治31年(1898年)の大水の時には、ここの大木を切り倒して集落内に向かおうとする大水の流れを変え、集落を守ったと言われています。

 

 

 

 

 

 

ちょっと足を延ばして・・・
県境近くの下蔦木地区にある敬冠院の境内に、「日蓮上人の高座石」という岩があります。
日蓮上人がこの地を訪れた際、村には悪疫が流行し村民が難渋いていたので、上人は三日三晩この岩の上に立って説法とともに加持祈祷を行い、霊験をあらわしたと言われています。

 

 

 

※これらの文章は、蔦木宿内に建てられております、富士見町教育委員会による解説看板より一部引用しております。

2014/4/5

今回は、ザゼンソウの里公園ををご紹介します。

諏訪市豊田有賀(矢ノ沢湿原)にありますザゼンソウ公園ではザゼンソウが見頃を迎えました。

諏訪ICを出て左折、そのまま真っ直ぐ走り、川と道が並走する様になったら、「六斗橋」という信号が見えてきます。その信号を左折し、しばらく走り有賀峠の頂上を越え、700m程先左側にあります。

 

 

園内は木道の遊歩道が整備されています。(一部雪などによる損傷等で通れない場所があります。)

ザゼンソウは、外側の仏焔苞(ぶつえんほう)が仏像の光背(こうはい)に似ていて、内側の肉穂花序(にくすいかじょ)が僧侶が座禅を組んでいる様に見えることが、名前の由来です。

「肉穂花序」は、花弁のない沢山の花の集まりです。「仏焔苞」(ぶつえんほう)とは、花を包む茶色い部分で、葉の一種です。

水芭蕉と同じのサトイモ科の植物です。

ザゼンソウは、開花する際に肉穂花序で発熱が起こります。その為周囲の氷雪を溶かし春いち早く顔を出します。

園内では、ザゼンソウの他水芭蕉を見ることも出来ます。

2014/3/29

今回は、城山福寿草園ををご紹介します。

諏訪市湖南大熊にあります城山福寿草園では福寿草の花が満開です。

諏訪大社上社本宮前の県道16号線を、諏訪湖方面に進み、「湖南小学校入口」の小さな信号を左折し、少し行くと右側に見えてきます。

信号から先は道が細いのでご注意ください。
※駐車場はありません。

 

 

この福寿草園に咲く福寿草は、諏訪市板沢や松本市四賀地区の原種を改良したものです。

城山福寿草園には、延長150mの畑に17種類、およそ12000株あります。

 

 

 

 

2014/2/14

今回は、秋宮スケートリンクをご紹介します。

下諏訪町、諏訪大社秋宮境内のすぐ裏、住宅街の中にあります。

先日の大雪でスケートリンクは雪で覆われていて氷を見ることはできませんが、普段は小学生が授業で使ったり、町民の方が使っているスケートリンクです。

 

 

秋宮スケートリンクには、「フィギュアスケート発祥の地」の看板が2枚あります。

明治30年代より諏訪湖でスケートをする姿が見られるようになりましたが、秋宮スケートリンクは、明治40年代初頭に諏訪湖のサブリンクとして開設されました。

秋宮スケートリンクでは、大正11年には国際ルールに沿った日本初のフィギュアスケートの競技会が行われ、大正13年には日本初のアイスホッケーの公式試合が行われました。また、昭和12年には日本初のカーリングの大会が行われました。

日本初のフィギュアスケートの競技会が行われたことで「フィギュアスケート発祥の地」とされている様です。

現在ソチオリンピックが開催中で、フィギュアスケート・アイスホッケー・カーリング共他の競技種目と同じく大注目の種目です。

※「フィギュアスケート発祥の地」には諸説あり、宮城県仙台市青葉区の五色沼にも「フィギュアスケート発祥の地」の碑が建っており、明治30年頃に米国人のデヴィソンさんが子供たちにフィギュアスケートを教えたとされている様です。

 

 

2014/1/17

今回も、富士山の見える風景の続編です。

下諏訪町湖浜からは、よく晴れた日には、富士山と諏訪湖を同時に見ることのできる場所です。

こちらも前回紹介しました塩嶺御野立公園展望台と同じく、関東富士見百景に選定されています。

 

 

下諏訪町湖浜の湖畔沿い、みずべ公園やハーモ美術館の前辺りより見ることが出来ます。

   
 

 

2013/11/27

今回は、富士山の見える風景の続編です。

岡谷市と塩尻市の境にあります塩嶺御野立公園展望台は、関東富士見百景にも選ばれていて、よく晴れた日には、富士山と諏訪湖を同時に見ることのできる場所です。

 

 

岡谷市と塩尻市の境にある、国道20号線塩尻峠の頂上付近からわき道を入り、少し走ると展望台があります。

   
 

 

2013/11/22

今回は、富士山の見える風景をご紹介します。

富士見町はその名の通り所々で富士山を見ることが出来ます。今回はその中から2カ所ご紹介します。

上の写真は、富士見町立沢の県道17号線からの景色です。富士山の全景を望むことが出来ます。

 

下の写真は、以前ご紹介しました井戸尻史跡公園からの景色です。木々の間から富士山の頂を望むことが出来ます。

これからの冬の季節のよく晴れた日には、富士山が良く見えるようになります。

   
 

 

2013/10/23

今回は茅野市にある御射鹿池(みしゃかいけ)をご紹介します。

御射鹿池は八ヶ岳中信高原国定公園内の奥蓼科温泉の入り口に位置する農業用温水ため池です。
湖面に映る木々の景観が人々を魅了し、東山魁夷画伯の名画「緑響く」のモデルにもなったといういわれもあります。
秋には色づいた木々が湖面に映り何とも美しい景色になります。

茅野市湖東笹原にあります。国道152号線を蓼科方面に走り、「堀」の信号より県道191号線に入り、10キロほど走るとあります。
(県道191号線は急坂と急カーブが連続しますので充分ご注意ください。)

写真の撮影日は10月21日で、紅葉は色づき始めです。

 

 

 

   
 

 

2013/09/02

今回は茅野市にある多留姫の滝をご紹介します。

大泉山の麓を流れる柳川にあります。
名勝として茅野市文化財に指定されています。この周辺には多留姫神社があり、歌碑等の文化的遺産が多数存在する所です。
場所等の詳細は茅野市ホームページ
http://www.city.chino.lg.jp/へ。
長野県道17号線と県道188号線の交差点近く、17号線の多留姫大橋の下辺りにあります。

多留姫神社には、建御名方神(諏訪大社の祭神)の子、多留姫神(多留の御前)を祭っています。

 

 

   
 

 

2013/08/22

今回は前回紹介した、富士見町にある、井戸尻史跡公園の続編です。

前回ご紹介しました「大賀ハス」は花が終了しましたが、園内には他にも多くのハスを見ることが出来ます。

現在は「白蓮」と「漁山紅蓮」が見頃です。

写真は上から、

「埼玉蓮」(さきたまはす)
大賀ハスの似た濃い紅色の花です。

「水連」(すいれん) 白色と紅色
小さな花ですがきれいに咲いています。

「白蓮」(びゃくれん)
白い大きな花です。真っ白なものと紅色の縁取りがあるもの、うっすらと紅色のものがあります。

「コウホネ」(こうほね)
水連よりも小さな花です。黄色と紅色のものがあります。ものによっては橙色のもあります。

「漁山紅蓮」(ぎょざんこうれん)
大賀ハスや埼玉蓮よりは薄い色ですが、大きな花です。

「蓮」(はす)

 

 

 

2013/07/14

富士見町にあります、井戸尻史跡公園では、大賀ハスが咲き始めました。

公園内では大賀ハスの他にも水連などの花を楽しむことが出来ます。

園内には井戸尻考古館もあります。八ケ岳山麓を舞台に生活した縄文時代(約8000〜2300年前)の生活文化を復元しています。

場所:長野県諏訪郡富士見町境7053

大賀ハスは1951年(昭和26年)千葉県の落合遺跡で発掘された、今から2000年以上前の古代のハスの実から発芽したハスです。

植物学者でハスの権威「大賀一郎博士」が落合遺跡から発掘されたハスの実の発芽育成に成功したことにより、大賀ハスと命名されました。

今月一杯は花を楽しめる見込みです。

 

 

 

2013/07/5

霧ヶ峰高原ではレンゲツツジがきれいに咲いています。

緑の草原に朱色の花が映えています。

花は終盤になってきましたが、もうしばらくは美しい花を見ることが出来ると思われます。

 

 

 

 

 

2013/06/25
諏訪湖の見える風景

今回は、諏訪湖の見える絶景スポットをご紹介します。

諏訪市 立石展望公園

国道20号線「元町」の信号から県道40号線に入りしばらく走ると道沿いにあります。展望台からの景色は最高です。

岡谷市 鳥居平やまびこ公園

岡谷市にあります鳥居平やまびこ公園の芝生の広場からの景色です。園内には展望台もあり、諏訪湖を一望することができます。園内には他にもアスレチックやラベンダー園などがあります。また、プリンス・スカイラインミュージアムも園内にあり、スカイラインの聖地とも言われています。

岡谷市 塩嶺王城パークライン

岡谷市勝弦峠より辰野町に延びる塩嶺王城パークラインからは諏訪湖を一望することが出来ます。

塩尻市 高ボッチ高原

高ボッチ高原にある高ボッチ山からは諏訪湖や周辺地域を一望することが出来ます。

岡谷市 塩嶺御野立公園展望台

岡谷市と塩尻市の境にある塩尻峠の頂上付近からわき道を入ったところにあります。

 

 

 

 

茅野市 杖突峠 峠の茶屋展望台

杖突峠の峠の茶屋にある展望台からは富士見町から諏訪湖迄、また、八ヶ岳の景色が楽しめます。

撮影日は雨の為霞んでいますが、晴れの日には素晴らしい景色が広がります。

2013/05/30
頼重院(らいじゅういん)

今回ご紹介しますのは、諏訪市四賀にあります頼重院。
戦国武将諏訪頼重(すわよりしげ)の菩提寺として知られる曹洞宗の寺院です。

 

諏訪頼重は戦国時代、ここ諏訪の地を治めた武将でした。
武田信玄の側室諏訪御寮人の父親にあたる人物です。
「諏訪御寮人って誰?」という方もいらっしゃるかもしれませんが、由布姫、湖衣姫という名前なら聞き憶えがある、という人も多いのではないでしょうか。
由布姫(ゆぶひめ・ゆうひめ)は井上靖の小説「風林火山」(平成19年大河ドラマ原作)での、湖衣姫(こいひめ)は新田次郎の小説「武田信玄」(昭和63年大河ドラマ原作)での諏訪御寮人の名前です。
諏訪御寮人は信玄の側室となってから後の信玄の後継者武田勝頼を生んでいますので、諏訪頼重は勝頼の祖父にあたります。

諏訪頼重は武田信玄との戦いに敗れ、甲府で自害に追い込まれます。
頼重の墓所は甲府の東光寺にありますが、かつての領地諏訪での菩提寺として建立されたのが頼重院です。

境内には7つに割れた大きな岩がありますが、これは頼重の怨念によって砕けたものといわれています。
信玄の父信虎の代に成立した和約を破っての侵攻、自害へと追い込まれた恨みは3メートルもの大岩を砕くほどのものだったのでしょうか。

また、頼重の死の40年後に怨敵武田家は頼重と信玄の血を引く武田勝頼の代に滅亡しますが、それも頼重の怨念が武田家に乗り移ったためとも言われています。
それほど武田に滅ぼされた頼重の人生は悲劇的なものとして人々の目に映ったのしょう。

前述した「武田信玄」の筆者で旧上諏訪町(現諏訪市)出身でもある新田次郎が頼重の人生を想い「陽炎や頼重の無念ゆらゆらと」と詠んだ歌碑が境内に置かれています。

頼重院へのアクセスはこちら

2013/5/24
高島城(たかしまじょう)

今回ご紹介するのは諏訪市高島にあります高島城。
観光パンフレットにもよく登場する諏訪市の象徴ともいえる高島城。

現在は昭和45年本丸跡地に復元された天守・門・櫓のある公園となっていますが、その昔は諏訪湖に接し、湖上に浮かぶような神秘的なお城だったといいます。
平成の現代では高島公園は市民の憩いの場として愛され、子供たちの遊び場としても賑わっています。
桜や藤棚の名所として、復元天守と共に観光名所としても人気のスポットとなっています。

また今回は高島城の少しマニアックなポイントをご紹介。
天守に上る階段の手前にひっそりと佇む亀石(かめいし)。
その名の通り、亀がにゅっと首を出したような形をしています。

傍らには柄杓と水の入った鉢が用意されており、水をかけてつやめきを得た姿はまさしく亀。
願いを込めながら水をかけるとその願いがかなうといわれています。
由緒ある神社が数多くある諏訪の地では埋もれがちなこの亀石に、願いを込めてみませんか?

またこの亀石は諏訪七石のひとつに数えられます。
(現在高島城にある亀石が元々の七石の一つであるという正当性については疑問があるようですが…)
この七石も奥が深いので、紹介はまたの機会に…。


高島城へのアクセスはこちら

 

2013/5/18
鶴峯公園(つるみねこうえん・岡谷市川岸)


今回ご紹介しますのは岡谷市川岸にありますツツジの名所として有名な鶴峯(つるみね)公園。
毎年5月中旬に見頃を迎える鶴峯公園のツツジは現在花真っ盛り。
かつて岡谷市と合併前の川岸村で約300株のツツジを購入しようとしたところ、軽トラック3台分のつもりで注文した筈が届いたのが貨車3台分、約3万株ののツツジの苗だったといわれてます。
返品する事も出来ず、村中で協力して植えたのが始まりです。
そんな微笑ましい勘違いから生まれた中部地方随一のツツジの名所では毎年5月中旬の見頃に「鶴峯公園つつじ祭り」が開催されます。

地図はこちら
 
>
峠の釜めし|店舗案内|観光案内ご予約ショッピング料理教室おぎのや掲示版会社概要お問合せトップ
| サイトマッププライバシーポリシー
 
Copyright(C)2004 Oginoya.All right reserved
うn